オリンピックの聖火リレーはヒトラーの陰謀だった

1936年のオリンピックで初めて行われた聖火リレー 歴史の雑学

聖火リレーは、今ではオリンピックには欠かせない重要なイベントとなっています。しかし、この聖火リレーは近代オリンピックが始まった1896年には存在していませんでした。では、いつからはじまったのでしょうか。

古代ギリシャの「永遠の炎」

古代オリンピック発祥の地であるギリシャのオリンピアには「永遠の炎」が存在していたといわれています。この炎は、ギリシア神話に登場する炉の女神ヘスティアに護られており、生け贄を捧げるときや、地元で祭りがあったときなどに使用されていました。そして、この祭りで使われる際などに、地元の若者によるリレーで火が運ばれていました。しかし、この聖火リレーが古代オリンピックで行われることはありませんでした。

ただし、古代オリンピックでは開催される前に、オリピックが始まることと戦争の中止を呼びかける平和の使者(スポンドフォロイ)がオリーブの小枝を持ってギリシャ中を回っていました。現在の聖火リレーの原点であるといえます。

近代オリンピックでの聖火リレー

近代オリンピックが始まったのは、1896年でした。ギリシャのアテネで開催された第1回夏季オリンピックでは、聖火リレーは行われていません。その後4年おきに開催されてきたオリンピックですが、初めて聖火台が登場したのは1928年にオランダのアムステルダムで行われた第9回大会のことでした。このときからオリンピック開催中には聖火を灯しておくことが行われるようになりましたが、聖火リレーはまだ行われていません。

聖火リレーが始まったのは、1936年にドイツのベルリンで開催された第11回大会のことです。ベルリン大会組織委員会事務総長であったカール・ディームは、オリンピックの「歴史的意義」「国際協力の素晴らしさ」「芸術的意義」などをアピールするには聖火リレーが適していると考え、これを提案しました。しかし、そこにはナチスドイツの思惑もありました。

当時ヒトラーが率いていたナチスドイツは、オリンピアとベルリンを聖火リレーで結ぶことにより、アーリア人が古代ギリシャの血統を受け継ぐ優秀な民族であることをアピールできると考えました。また、ドイツの若者をナチ党へ惹きつけるための手段であったともいわれています。

初めての聖火リレー

1936年のオリンピックで初めて行われた聖火リレー。このときには3422人の聖火ランナーが参加しました。同年7月20日に古代オリンピア遺跡のヘラ神殿前で太陽光から凹面鏡で採火され火は、オリンピック開催地であるベルリンまで、1人1Kmずつ走り運ばれました。

この様子はドイツ国内ではラジオ中継され、また、ベルリン大会記録映画としてレニ・リーフェンシュタール監督に撮影させ、映画「オリンピア」として世界中に配信されました。

なお、1939年に勃発した第二次世界大戦では、ドイツ軍はこのときの聖火リレーのコースを逆方向に侵攻しています。そのため、聖火リレーには国威発揚と戦略上の目的があったともいわれています。

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おとなの雑学情報局
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